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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1652号 判決 1974年4月30日

原告

鎌田幸子

ほか三名

被告

共栄火災海上保険相互会社

ほか二名

主文

一  被告石塚運送有限会社は、原告鎌田幸子に対し三七万五〇〇〇円、同鎌田剛、同鎌田聡子および同鎌田美帆に対し各二五万円および右各金員に対する昭和四八年七月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告石塚運送有限会社に対するその余の請求および被告共栄火災海上保険相互会社、同天野運輸株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らに生じた分の三〇分の一を被告石塚運送有限会社の、被告共栄火災海上保険相互会社・同天野運輸株式会社に生じた分を原告らの各負担とし、その余は各自負担とする。

四  この判決の主文一項は、仮執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告ら「被告共栄は、原告幸子に対し一六六万六六六六円、原告剛、同聡子、同美帆に対し各一一一万一一一一円、被告石塚、同天野は各自、原告幸子に対し一〇〇一万円、原告剛、同聡子、同美帆に対し各六六七万円及び右各金員に対する昭和四八年七月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行宣言

被告ら「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決

第二原告らの請求原因

一  交通事故の発生

昭和四五年一一月二一日午前七時五〇分頃千葉県市川市原木五五二六番地前路上において、亡鎌田勝溥(三一才)が京葉道路原木インターチエンジ方面(北)から大阪セメント市川工場方面(南)に向けて自己所有のオートバイ(以下原告車という)を運転進行中、対向して来た訴外浅野幸雄運転の大型貨物自動車(千葉一う五六九五、以下浅野車という)と原告車の前方を進行する訴外藤川雄運転の大型貨物自動車(足立一う八二六七、以下藤川車という)とがすれ違う際、原告車が藤川車後部に接触し、更に浅野直に衝突して勝溥は同車に轢過されて即死するに至つた。

二  当事者の関係

(一)  原告幸子は、亡勝溥の妻であり、原告剛、同聡子、同美帆は亡勝溥の子であつて、すべて相続人である。

(二)  被告石塚は、浅野車を保有するものである。

被告天野は藤川車を保有するものであり、被告共栄は、被告天野と同車につき自動車損害賠償責任保険契約(証明書番号W三五四六九六)をしている。

三  責任

被告石塚、同天野はそれぞれ前記事故車の保有者として自賠法三条による賠償義務があり、被告共栄は前記保険契約に基き五〇〇万円の範囲で被害者遺族からの自賠法一六条に基く請求に対して損害賠償額支払の義務がある。

被告らの右義務は互に不真正連帯の関係にある。

四  損害額と填補等

(一)  逸失利益 二八四三万円(一部切捨)

被害者勝溥は、昭和四四年以降大東港運株式会社でクレーン運転に従事している者で、逸失利益は左のとおりである。

1 給与分 二二〇〇万〇九二〇円

(1) 事故当時の給与額(昭和四五年一二月から昭和四六年三月まで)

イ 平均給与 三一四〇円(日額)

昭和四五年八月から同年一〇月までの取得給与合計二二万〇二四二円をその間の稼働日数七三日で除したもの。

ロ 月平均稼働日数 二五日

ハ 月額 七万八五〇〇円

(2) その後の昇給による給与額

イ 昭和四六年四月から昭和四七年三月まで

月額 八万六二〇〇円(昇給額月七七〇〇円)

ロ 昭和四七年四月から昭和四八年三月まで

月額 九万三二〇〇円(昇給額七〇〇〇円)

ハ 昭和四八年四月以降

月額 一〇万四八〇〇円(昇給額一万一六〇〇円)

(3) 生活費控除 月額一万五七〇〇円

(4) 就労可能年数 三四年(六五才―昭和七九年一月一七日まで)

五五才以降もすくなくとも(2)ハと同額の収入をあげ得る。

(5) 中間利息控除 ホフマン式・年五分 昭和四八年四月以降の分につき(係数一八・八〇六)

2 退職金分 二八二万九六〇〇円

前記会社の退職金規定による。

(1) 入社時三〇才、退職時五五才で勤続二五年

(2) 基準内月収の二七倍

(3) 月収は前記1(2)ハによる。

法定相続分に応じ、原告らが承継した。

(二)  葬式費用 二〇万円(原告幸子負担)

(三)  慰藉料

原告幸子 三五〇万円

原告剛、同聡子、同美帆 各五〇万円

(四)  損害の填補

被告石塚が浅野車につき契約している自賠責保険により原告らは日本火災海上株式会社から合計三五〇万円を受領し、原告幸子の負担した葬式費用と原告らの慰藉料の各一部に、残余が原告らそれぞれその相続分の割合になるよう充当した。

(五)  弁護士費用 計三五〇万円

本件事案の内容、原告らの事情、被告らの態度から、原告らは、やむなく弁護士である本件訴訟代理人らに本訴の提起追行を委任し、報酬等の支払を約した。そのうち、本件事故による損害とみるべき分は、所属東京弁護士会報酬規定の範囲内の本件請求額の一五%以下である三五〇万円を下らない。右金額は、本件請求額の割合すなわち、法定相続分の割合により、原告らが負担するものである。

五  結論

以上のとおりであるから、原告らは、被告石塚、同天野に対し各自それぞれ右損害合計額、被告共栄に対しうち保険金額の限度である五〇〇万円(原告らそれぞれ法定相続分の割合による)及び右各金員に対する右請求を記した準備書面が被告らに送達された日の翌日である昭和四八年七月四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告共栄、同天野の答弁と抗弁

一  答弁

請求原因一、二の事実は認める。

同四(一)の事実中、勝溥が原告ら主張の会社にクレーン運転手として勤務していたことは認めるが、その余は不知。同(二)、(三)、(五)の事実は不知。

二  抗弁(免責)

(一)  本件事故現場は、道路幅員一〇・四メートル(内舗装部分七メートル)で、当時朝の出勤時刻で、自動車の交通が多い。

附近では大型車どうしが待合せや徐行をすることなくすれちがうことも可能であり、警笛吹鳴の必要もない。

(二)  藤川は、藤川車(八トン車・空車)を運転し、時速四〇~五〇キロメートル(制限内)で南に向けて進行中、浅野車が対向進行して来たので、出来る限り左端に寄り安全にすれちがいできるようにしたところ、原告車は中央に出て藤川車を追越そうとして誤つて藤川車の後部右側車体下部の後退燈鉄板製覆部分に接触し、その結果、原告車と勝溥が右に倒れて反対車線に進入し浅野車に轢かれたものである。

(三)  勝溥は、前記道路事情からすると、追越は極めて危険であるのに敢えて追越を企て、その際藤川車に追突したもので、その過失による自損行為ということができ、藤川車の運転者藤川、運行供用者である被告天野は同車の運行に関し注意を怠らず、同車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告天野は自賠法三条但書により免責される。

第四被告石塚の答弁と抗弁

一  答弁

請求原因一の事実中、原告ら主張の時刻頃市川市原木地内道路において、勝溥が、原告車(オートバイ)を運転しその主張の方向に進行中、これに先行する藤川車(藤川運転の大型貨物自動車)と対向進行してきた浅野車(浅野運転の大型貨物自動車)とがすれちがう際、原告車が藤川車後部に接触し、勝溥が浅野車に轢過されて即死したことは認めるが、その余は争う。

請求原因二の事実は認める。

同四(一)ないし(三)、(五)の事実は不知。

二  抗弁(免責)

(一)  <1>本件事故現場は、見とおしを妨げる障害物のないほぼ直線の幅員約七メートル(ほかに自動車等の通行の用に供されていない未舗装部分がある。)の舗装道路である。<2>附近に民家はなく、歩行者の通行は殆どない。<3>本件事故現場南側には緩やかなS字形カーブがある。<4>さらに、第三の二(一)後段同旨。

(二)  浅野は浅野車を運転し、前記道路左側部分を時速五五キロメートル以下で進行し本件事故現場にさしかかつた。

原告車は、先行する藤川車に十分な車間距離をとらずに追従し(それ故に右両車両の接触以前に浅野車を運転する浅野やその助手席にあつた宇佐美茂は、前方注視を尽くしたにも拘らず、原告車を発見し得なかつた。)、相当の速度で、原告車は藤川車の後部車体下部の後退燈鉄板製覆部分に、勝溥は同所上部に各激突し、それぞれその制禦を失い、単に二つの物体のように、相当速度で対向車線の浅野車の直前(一五メートルを超えない)に突如飛び出した。

浅野は、これを発見し、急制動とハンドル右転把の措置をとつたが及ばず、原告車は浅野車の右側部に接触し、勝溥は同車左後輪附近に飛び込んで同車輪に轢過された。

(三)  以上のとおりであるから、本件事故は、勝溥が誤つて原告車を藤川車に衝突させた過失に基く自招事故であるということができ、浅野車の運転者浅野には本件事故現場に至るまで同車の運行に関し注意を怠つた点はなく、原告車や勝溥が自車進路に現われた時点にあつては、もはや本件事故はどのような運転者にとつても避け得ないものであつたといわなければならない。そして、浅野車の運行供用者である被告石塚は同車の運行に関し注意を怠らず、同車には構造上の欠陥も機能の障害もなかつたから、被告石塚は自賠法三条但書により免責される。

第五原告らの主張(被告らの抗弁に対して)

一  被告共栄、同天野の抗弁(第三の二)(一)のうち、本件事故現場の道路の舗装部分の幅員が七メートルであること、被告石塚の抗弁(第四の二)(一)<1>、<3>の事実は認める。被告共栄、同天野の抗弁(第三の二)(一)後段の事実(被告石塚の抗弁―第四の二―(一)<4>の事実)は争う。

右舗装部分と非舗装部分の境界に約一〇センチメートルの段差があり、そのうえ、当日は降雨直後で右非舗装部分が冠水し、非舗装部分を通行するのが困難であつた。

二  被告共栄、同天野の抗弁(第三の二)(二)の事実中、藤川車の速度、原告車が中央に出て同車を追越そうとしたとの点は否認し、原告車と藤川車の接触部位につき不知。

被告石塚の抗弁(第四の二)(二)の事実中、浅野車が本件道路左側部分を進行したこと及びその速度、原告車が藤川車に追尾するにあたり十分車間距離をとらなかつたこと、浅野車の運転者及び助手が前方注視を尽くしたことは否認し、原告車が藤川車に接触した際の速度及び部位は不知。

本件事故については、被害者勝溥が死亡し、事故態様については必ずしも明らかでない。

藤川車、浅野車は、いずれも本件道路中央部を最高制限速度を著しく超過し、前・後方注視を怠り、漫然進行して、本件事故を惹起したものである。一方、勝溥は、朝の出勤のため余裕をもつて、原告車を運転していたもので無理な追越など無謀な運転をするわけがない。原告車は、藤川車に同速度で追尾していたところ、同車が対向する浅野車とすれちがうのに急に進路を変え、かつ急制動をかけるなど不自然、不合理な運転操作をしたために、原告車の制禦が間に合わず、これに接触したものと推認される。

三  被告らの抗弁(第三、第四の各二)各(三)の事実中、本件事故につき勝溥に過失があつたこと、藤川・浅野に注意を怠る点がなかつたことは否認する。

藤川、浅野には次のような過失がある。

(一)  速度違反(両者)

(二)  前方注視義務違反(両者)

このような狭路では、大型車がすれちがうに際しては、対向車の動静に十分注視し、安全な速度で、自車を確実に操作すべきである。

浅野については、さらに対向車の後方に小型車両等が追尾していることがすくないから、特に前方注視を厳にし、このような後続車の発見、確認につとめなければならない。

(三)  後方確認義務違反(藤川)

狭路における大型車のすれちがい時には、往々急な進路変更やブレーキ操作が必要となるが、この場合、大型車は後続車の動静を把握し、これに危険のないよう、予め後続車に知らせる必要がある。また、大型車に後続する車両は大型車に妨げられて前方確認が困難であるから、先行する大型車は後方確認につとめたうえ、後続車の安全を図らなければならない。

(四)  その他の安全運転義務、その他の運転上の過失(両者)被害者勝溥に過失があつたとしても、その程度は藤川・浅野と格段の差異があり、過失なしと同じく評価されるべきである。

第六証拠〔略〕

理由

一(一)  原告ら主張の時刻頃市川市原木地内道路において、勝溥が原告車(オートバイ)を運転し、京葉道路原木インターチエンジ方面(北)から大阪セメント市川工場方面(南)に進行していたところ、これに先行する藤川車(藤川運転の大型貨物自動車)と対向する浅野車(浅野運転の大型貨物自動車)がすれちがう際、原告車と藤川車後部とが接触し、勝溥が浅野車に轢過されて死亡したことは、全当事者間に争がない。

(二)  右争のない事実、〔証拠略〕によれば、次の各事実を認めることができる。

1  本件事故現場は、市川市原木五二二六番地先の道路上である。

右道路は、市川・船橋両市の南端海岸埋立地内を走るいわゆる産業開発道路である。

本件事故現場附近では右道路はほぼ南北に通じ、轢過地点から南北それぞれ一〇〇メートルの範囲についていえば、ほぼ平坦・直線で、歩車道の区別がなく、幅員約七メートルの舗装部分(この点は争がない。―以下この舗装部分だけを指して道路ということとする。)とその東側幅約三・四メートル、西側一メートル弱の非舗装部分(当時、雨あがりで湿潤であり、所々に水たまりもあつて、人車の進行が一見して困難とみられた。この部分は道路の一部と認めるべきか疑わしい。)そして、さらに、北へは同様な道路がなお続き、一方南へも幅約七メートルの舗装された道路が続くが、そのうち、轢過地点から南約一〇〇メートルから約一四〇メートルの間はゆるいS字状のカーブ(S字状カーブの存在は原告らと被告石塚の間に争がない。)をなし、その南は再びほぼ南北に通ずる直線道路(この西端のあたりと本件事故現場の道路東端とがほぼ南北の一直線をなしている。)となり、さらに轢過地点から南へ約二七〇メートル辺り(大阪セメント市川工場正門近く)で急カーブを成している。

以上の部分は、道路両側が排水路又は空地であつて、見とおしを妨げる障害物がない(原告らと被告石塚との間で争がない。)。

本件道路は、中央線の標示がなく、速度等につき交通規制がない。

事故発生の頃、本件道路には大型車両や小型車両の通行はすくなくなかつたが、歩行者は殆どなかつた。

事故当時は晴天で本件道路(舗装部分)の路面は乾燥していた。

2  藤川車は最大積載量七トン、浅野車は車長約九メートル、車幅約二・四八メートル、自重約六トン(事故当時積荷なし)の各大型貨物自動車であつて、いずれも、構造上の欠陥、機能の障害はなかつた。

3  藤川車は本件道路を南へ向けて進行し、対向する浅野車をかなり遠距離から認め、時速四五~五〇キロメートル位で、舗装部分左寄りを(道路中央から左へ五〇センチメートルを下らない間隔をとつて)進行したもので、同車とのすれちがい前後に急制動をとつたり、急に進路を変えることがなかつた。

同車を運転する藤川は、その間自車の後方に特段の注意を払わず、前掲接触に至るまで、原告車の存在を認識しなかつた。

4  浅野車は、本件道路を北に向け進行し、かなりの遠距離から対向車(藤川車)を認め、五〇~六〇キロメートル毎時の速度で舗装部分左寄りを(道路中央から左へ〇・五~一メートル位の間隔をとつて)進行し、同車とすれちがう直前、その後方から道路中央部に現われた原告車ないしは勝溥の姿を約二六メートル先に認め、急制動をかけるとともに左にハンドルを切つたが、右前輪で原告車を、左後輪で勝溥をそれぞれ轢過し、道路西半及び向つて左側路外非舗装部分に二条のスリツプ痕(長さ一七~一九メートル)を残して停止した。

なお、同車運転者浅野、助手宇佐美茂はいずれも、対向藤川車の後方にまで前方注視を及ぼさず、右述発見時点以前には原告車の存在を認めなかつた。

5  原告車は、藤川車に追尾進行していたところ、原告車の前部が藤川車の後部右側(右端から一〇センチメートルを超えない位置)車体下部の後退燈の鉄板製覆の右側部に接触し、これを外方に強くねじまげ(勝溥が藤川車と接触したか否か明らかでない。)、勝溥は自車ともども右舗装道路西半部分に飛び出して前記のとおり浅野車に轢過された。

(原告車の右接触以前の進行状況については、右以上に明らかにすることができず、同車が道路中央にでようとしたか否か、藤川車の追越を試みたか否かも明らかにすることができない。)

(三)  以上に述べた事実関係に基いて考察する。

1  原告車と藤川車との接触事故は、通常の追突事故とみるべきであつて、原告車勝溥の過失によるものと推認することができ、藤川に過失があつたとは考えられない。原告らの主張する藤川の過失について考えると、速度違反、前方注視義務違反等については、すくなくとも本件事故発生と関連を有するようなそれはなかつたものというべきであり、後方確認義務違反については、右接触事故発生前において藤川に右義務が生ずるような事情は存しなかつたというべきである。

そして、藤川車の運行供用者(被告天野―争のない事実)に同車の運行に関し本件事故に関連のある過失があつたとは到底考えられないし、同車に構造上の欠陥、機能の障害がなかつた。

よつて、藤川車の運行供用者である被告天野は自賠法三条但書により本件事故に基く賠償責任がないことになる。

原告らの被告共栄、同天野に対する本訴請求は、被告天野に賠償責任のあることを前提とするものであるから、その余の点を論ずるまでもなく理由がない。

2  浅野車が勝溥を轢過して死亡させた点についていえば、原告車と藤川車との接触以後の事態だけをみれば、浅野がこれを予見し、これを回避すべき義務があるとは到底考えられない。しかし、原告車の右接触以前の走行状況については明らかでないが、同車が藤川車の直後を走行していて対向浅野車の側からこれを認めることができなかつたものというに足る証拠がないし、むしろ、前記道路及び接触の各状況からすれば、原告車は先行藤川車の右端後方あたりを進行していたことが十分予想され、浅野が前方注視を尽すことにより原告車の動静を知り得た可能性を否定できない。一般には、道路の左側部分を走行する車両にとつて、対向車とのすれちがいに際し、対向車の後方までも注視確認すべき義務があるとはいえないが、本件におけるように狭い道路で大型車両がすれちがう際には、両車間の接触等の事故を未然に防止するよう努めるだけでなく、適切な速度ですれちがうなど対向車の後続車等に対し不測の事態を招かないようにする安全運転義務のあることは否定できず、この点において浅野車を運転する浅野に右義務を尽くしたものと断ずることはできないものといわなければならない。例えて言えば、浅野が原告車が藤川車に後続しているのを知つていれば制限速度を超えないばかりかなお減速してこれら車両とのすれちがいを図つたであろうし、この場合には、勝溥が飛び出して来た地点手前で浅野車が停止することができ、轢過の結果を招かなかつた場合も想定できる。

この意味において、浅野車の運転する浅野が本件事故発生につき、同車の運行に関し注意を怠らなかつたといえない。

そこで、同車の運行供用者であることに争のない被告石塚は自賠法三条本文により、右事故により勝溥が死亡したことに基く損害を賠償すべき義務がある。

もとより、右事故発生は、被害者勝溥の過失を主な原因とするもので、その過失の程度は重大であるから、賠償額算定につき、前記(一)(二)の諸事情を考慮して、後記のとおり斟酌する。

二  原告らと被告石塚との関係において、損害関係について次のとおり判断する。

請求原因二(一)の事実は当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、原告らが勝溥の相続人の全員であつて、法定相続分が原告幸子が三分の一、その余の原告らが各九分の二であることが明らかである。

〔証拠略〕によれば、勝溥は昭和一四年一月一七日生れで、かねてからクレーン運転手として就業し、昭和四四年以降大東港運株式会社に雇われてクレーン運転の業務に従事し、その収入で原告らの生計を維持していたことを認めることができる。

右の事実を基礎にして勝溥の死亡によつて生じた損害につき次のとおり算定する。

(一)  逸失利益

1  給与分 一六〇六万四六九七円

(1) 事故時の給与額 月平均七万八一三七円(〔証拠略〕による。)

(2) その後の昇給による給与月額

イ 昭和四六年四月から昭和四七年三月まで 八万五八三七円

ロ 昭和四七年四月から昭和四八年三月まで 九万二八三七円

ハ 昭和四八年四月以降 一〇万四四三七円

〔証拠略〕によれば、勝溥は前記会社に良好な成績で勤務し、事故にあわなければ、原告ら主張の時期に同社のクレーン運転手の平均額を下らない原告ら主張の額の昇給をしていたものということができる。

(3) 生活費等の控除 右収入の三割

(4) 就労可能年数 三四年

(5) 中間利息控除 年五分 昭和四八年七月四日以降の分につき複利・月別ライプニツツ方式により計算する。

2  退職金分 九七万五三九〇円

〔証拠略〕によると、前掲会社の定年(五五才)による退職金額は、勝溥におけるように勤続二四年の場合、退職時の基準内賃金の二五・四倍と定められていることが認められ、その定年退職時の基準内賃金は前記1(2)ハの賃金額を下らないものというべきであるから、これを基礎に計算すると、退職金額は二六五万二七〇〇円となるが、中間利息(年五分・複利)を控除して昭和四八年七月三日の現価を算出すると右のとおりとなる。

3  合計一七〇四万〇〇八七円

原告幸子が相続取得した分 五六八万〇〇二九円

原告剛、同聡子、同美帆が相続取得した分 各三七八万六六八六円

(二)  葬式費用 原告幸子に生じた損害 二〇万円

〔証拠略〕によれば、勝溥の葬儀は、前記会社の負担で行われたあと、勝溥の郷里である福島県相馬市で原告幸子が主宰して行われ、同原告はこれに二〇万円を下らない出捐をしたことが認められ、勝溥の年齢、職業等に鑑み、うち二〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害とみるべきである。

(三)  慰藉料

勝溥の死亡により原告らの受けた精神的損害を慰藉するには、原告ら主張の各金額をもつて相当とする(但し、勝溥の前記過失は考慮外とする。)

(四)  以上合計 二二二四万〇〇八七円

原告幸子分 九三八万〇〇二九円

原告剛、同聡子、同美帆分 各四二八万六六八六円

(五)  過失相殺と填補充当

前記一末記のとおり本件事故発生についての勝溥の過失を斟酌し、被告石塚が原告らに賠償すべき範囲は、叙上の損害のうち概ね二割相当額に限られるべきであつて、その金額は、原告幸子一八八万円、原告剛、同聡子、同美帆にそれぞれ八七万円とするのが相当である。

原告らが自賠責保険から三五〇万円を受領したことはその自認するところで、これをその自認するとおり充当すると、その残余は、原告幸子三三万円、原告剛、同聡子、同美帆それぞれ二二万円となる。

(六)  弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告らは本件損害賠償の任意支払を受けることができず、余儀なく弁護士である本件訴訟代理人に本訴訟の提起追行を委任し、費用として三万円位を支払い、報酬として認容額の一五%の支払を約し、うち三〇万円を支払つていることを認めることができ、本件訴訟の経緯、認容額等に照らし、うち、原告幸子につき四万五〇〇〇円、原告剛、同聡子、同美帆につきそれぞれ三万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。

三  結論

以上のとおりであるから、被告石塚に対し本件事故による損害賠償として、原告幸子は三七万五、〇〇〇円、その余の原告らはそれぞれ二五万円と遅延損害金として、右各金員に対する本件事故発生以後の日である昭和四八年七月四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求めることができる。

原告らの被告石塚に対する本訴請求は右限度で理由があり、その余は失当である。原告らのその余の被告らに対する本訴請求は理由がない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨)

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